その連絡は丁度明日に備えて準備しているときに来た。
表現を変えるならインベントリにものを入れたり出したりして遊んでいたともいうが、まあそれはどうでもいいだろう。
電話の主は鹿間さん、間違いなく明日のことに関する連絡だろう。
姉さんも見守る中、急いで電話に出る。
すると興奮気味の鹿間さんの第一声が届いた。
「水瀬君! 君、運がいいよ! 君たちの一回目の研修、あの今話題の皐月 無垢が面倒見てくれることになった!!」
「え、無垢って……あの!? っていうかここの協会所属だったんですか!?」
無垢……皐月 無垢と言えば、ちょうどあの時テレビでやっていた史上最年少のB級クリーナー。
あの時のテレビでもちょっとした写真くらいしか出ていなかったがその姿を思い出す。
深い海のような藍色の瞳、短めの髪は不思議な青色で……小さな口をキュッと結んだ実年齢よりやや大人びて見える少女だった。
「っていうか研修を担当するクリーナーってC級の人じゃなかったんですか?」
禁断の「っていうか」二度撃ちをして鹿間さんに尋ねる。
鹿間さんはそれに「あぁ」と曖昧ながらも反応を示してから、すぐに返答した。
「それについてはほら、あの子まだB級になったばっかだからさ、C級だったころに承諾した分がまだ未消化だったみたい」
「未消化ってそんな……」
「ダンジョンでとれる素材とかって本来は山分けなんだけど、研修でとれた素材は全部担当したクリーナーが受け取れるからね。結構おいしいんだよ。そんなもんだから研修の仕事たくさんもらっておいたんだろうね。彼女、装備の強化に余念がないから」
「未発生の仕事受け取れるもんなんですね……」
「ハハ……まぁ研修希望者はほとんど毎日来ると言っても過言じゃないからね。あとから依頼するのじゃ追いつかないんだ。だから月初めにその月の分の依頼を先に出しておく。で好きな日付の仕事を貰ってもらって、その日になったらよろしくお願いしますって仕組みさ」
「はぁ……」
もうそれくらいの話になるとあんまり俺には関係なさそうなので気のない返事で相槌を打つ。
鹿間さんも別にそこまで聞かれていたわけじゃなかったことを悟ったようで元の話題に戻した。
「まあともかく、だ。無垢ちゃんに見てもらえるのは本当に運がいい。ただ……彼女、悪い子じゃないんだけどちょっと変わった子だから……まぁ何か言われるかもしれないが気にしないでくれ」
「それは、まあ……はい」
電話越しに鹿間さんの乾いた笑い声が聞こえる。
こんな感じのリアクションをしていた時が今日実際に会っていた時にもあった気がしたが、そのときは何の話をしていただろう。
いまいち思い出せない。
「実力は本物だから。悪い子じゃない、悪い子ではないんだ……!」
「は、はぁ……」
そんなに念押しされると逆に不安になってくるのだが……。
その後、集合時間と集合場所、あとは簡単な注意事項を教えてもらって通話は終わった。
マップ情報とかもこの後すぐ送ってくれるそうだ。
何はともあれ、いよいよ明日だ。
期待と不安、そのどちらもが自分で制御できないくらいには膨れ上がっている。
ただ、これだけは言える。
これだけは確かだ。
「明日、楽しみだな」
どこからか「ファイト!」と姉さんの小さな声援が聞こえた。
◇◇◇
クリーナー研修、一日目。
俺はもうすでに集合場所に到着していた。
他のメンバーも、まだ揃いきってはいないが何人も待機している。
今の時期くらいに研修に申し込むのはやっぱりどこかであぶれたような人たちなのか、ガラが悪そうな若者やくたびれた表情の中年の人が多い。
たいていの人は俺より若いかずっと年上かで、同じくらいの歳の人は居なそうだった。
皐月 無垢の姿もまだ見えない。
まあそれらはひとまずいいとして、やっぱり何よりも目を引くのは……。
「ゲート……」
こんなに近くで見るのは初めてなんじゃないだろうか。
本当に何でもない場所に忽然とそれは輝いている。
今回攻略するのはE級ゲート。
というか研修ではずっと最下級ゲートであるE級ゲートに潜るのだが、それでもやっぱりこの不思議な現象を間近で捉えると少なからず恐怖心が湧くのだった。
いまいち落ち着かない心境で人数がそろうのを待っていると、突然背後から声を掛けられる。
「あの、すみません……」
女の人の声だ。
ほとんど反射的に振り向くと、穏やかな雰囲気の栗色の長髪の女性が目に映った。
その首には俺と同じようにブランクカードが下げられている。
女の人も俺のカードを見て、どこか安心したように息を吐いた。
「よかった……やっぱりここですよね。さっきちょっと早く着きすぎちゃったみたいで、誰も来てなかったから場所間違えたかな~なんて思ってちょっとそこら辺周って来たんですよね……えっと、水瀬、さん? これからよろしくお願いしますね」
「あ、いえ……こちらこそ」
今のところ揃っているのは男の人ばかりだったし、まさか女の人が来るとは思わなかった。
おまけに、背格好からしておそらく同世代……そこまでいかなくても、ある程度年が近そうだ。
「えっと、あなたは……」
「かおる、夏山 薫です」
女の人……改め夏山さんは、俺がカードの名前を読み取る前に自己紹介する。
そうして少し笑みを浮かべると、明るい声色で話し始めた。
「でもほんと、よかったです。見た感じ、その……ちょっと話しかけづらそうな人たちばかりで……。水瀬さんみたいな話しやすそうな人がいて安心しました」
「あ、はは……俺も……。あんまり歳近そうな人いなかったし、夏山さんに声かけてもらえてよかったです」
夏山さんのおかげで少し居心地がよくなる。
さっきまで完全にアウェーだったので、本当に話せる人ができたのは心強い。
若者は若者同士、おっさ……中年男性は中年同士でコミュニケーションは取れてたみたいだし、脚色抜きでさっきまで話せる人がいないのは俺だけだったのだ。
「あ、そういえば水瀬さん聞きました?」
「ん? 何を、ですか?」
「ほら鹿間さん言ってたじゃないですか! 今日無垢ちゃんが来てくれるって! 私、会うの楽しみだなぁ~……」
「あ、ああ……言ってましたね……」
夏山さんは皐月 無垢がどんな人物だか聞かされたのだろうか?
結局具体的には分からなかったけど、鹿間さんのあの様子だと俺は期待というより不安の方が大きいのだが……。
夏山さんの期待感に曇りはないようで、奇麗な目をさらにキラキラ輝かせている。
そして、噂をすれば影……集合時間ぴったりの時間でその人物はやっと姿を現した。
「うわっ!? 本物!! ほんとにほんとに無垢ちゃん、あの無垢ちゃんですよ!!!!」
夏山さんが興奮した様子で俺の肩をぺちぺち叩く。
一部の層は知名度のあるクリーナーをまるでアイドルを追うように推しているという話を聞いたことがあるが、もしかしたら夏山さんはそういうタイプなのかもしれない。
「あっっっっっ……死……っ!! 眩しっ……! 顔がいい! 良すぎる!! まだD級の時から推してたんだぁ~」
「あ、はは……」
完全にそういうタイプの人だった。
ていうかD級のときはまだ知名度無いだろうし、いったいどうやって知ったのだろう?
俺が知らないだけで前から有名だったのか……?
ともあれ、ついにご対面だ。
やっぱりプロとなると身にまとう空気も変わるのか、俺よりずっと背も低いのにある種の威圧感のようなものを覚える。
自然と誰もの視線が彼女に向かった。
B級ダンジョンクリーナー、皐月 無垢。
そのまなざしは冷たく、鋭く……とても14歳のものとは思えなかった。
境界と重なっているのもあるかもしれないが倉井さんが俺を阻むシールドは強固、ただでさえ上限と下限の開きが大きいC級……そのなかでも倉井さんはかなりレベルの高い方みたいだ。おそらく、鹿間さん以上……。道理でこんな無茶苦茶な”撮影”を行動に移せる自信があるわけだ。 俺の攻撃の影響か、はたまた倉井さんのシールドの影響か、境界には液晶画面を圧したようなノイズが走る。もう次の瞬間には境界が崩壊していてもおかしくないような状態に見えるが、依然その空間の壁は俺と倉井さん、そして俺と向こう側のボスの体との間に立ちふさがっていた。「いい加減諦めろよ! こういう展開……僕の動画には要らない! 惨めに泣き喚きながら死ね! 僕はそれが見たいんだ!!」 倉井さんが更に力を込めるようにして歯を食いしばる。境界に走るノイズはその力と力の押し合いの影響を受けるようにいっそうノイズを激しくさせた。 そこで一つ……気づく。倉井さんのレベルがどうあれ……もしかしたら、倉井さんのシールドも……境界に負荷をかける一因になっているのではないだろうか?倉井さんが抵抗すればするほど、境界のノイズは広がる。必死の形相の倉井さんは気づいていないみたいだが、もしかしたら……俺を阻んでいるのは倉井さんのシールドではなく、ずっと境界の壁のみなのかもしれない。倉井さんのシールドは……むしろ、境界にかかる負荷を、より大きなものにしている……。 もちろん、それは確証のあることではない。しかし事実、境界に起きていることは……それを裏付けるかのようだった。ならばこのまま……。「くっ……ふっ……」 境界に押し付ける双剣に力を込める。倉井さんが冷静さを取り戻し、境界に何が起こっているかに気づく前に……倉井さんのシールドを利用して、この境界を打ち砕くのだ。 ボス部屋だからなのか、その境界は今までよりもずっと強固で……全力を注いでいるにも関わらずまだ瓦解しない。全ての異物を拒み、ただその均衡を保ち続けようとしている。しかしそれも時間の問題のはずだ。いかに不可思議な現象であろうと、永遠は無い。「あと、少しっ……!」 一歩前に踏み出し、さらに強く刃先を押し付ける。増した抵抗感と反発力が俺の足を後方へ滑らせようとするが、つま先で地面をえぐるようにその押し返す力に耐えた。 二振りの剣は、その先端
復活を遂げたボスはその形態を微妙に変化させている。それはさっきまでの無骨ながらシンプルな騎士然とした姿ではなく、きっちりと魔物の姿をしていた。 鎧に包まれていたように見えたその姿形自体は大きく変わらず、しかし決定的に印象を変えてしまう変化がその身に起こっていたのだ。死の淵から蘇り、俺の前に立ちふさがる魔物……その背には、まるで蜘蛛の脚のような、いくつかの関節を持った爪のようなものが三対生えていた。背中側で肋骨のような曲線を描くそれは、微細な筋肉の動きを反映してか小さく震えていた。「はぁ……」 その変化に、自らが置かれている現状にため息が出る。少し時間を経て出来事を整理した俺の心は……悲しみの色に染まっていた。 しかし魔物は待ってくれない。そんな人の感情の機微など読み取れるはずもなく、読み取れたとしても考慮するはずもなく……あろうことか、爪の先端、第一関節から先の部分をミサイルのように撃ち出してきた。 六つの発射物が、魔物の意思に従って空中に軌跡を描く。そのすべての矛先は、俺に向いていた。 一瞬このままここから逃げ出してしまおうかという考えもよぎるが、そうすれば倉井さんが邪魔をしてくるのは明らか……。そうなった場合、この期に及んで俺はまだ……倉井さんたちに刃を向けることが出来ない……。 俺を追尾してくる爪の弾道を躱しながら、魔物に近づく。しかしその弾丸の旋回性能はかなり高いらしく、地面に衝突してその役目を終えたのが六発中たったの二発だった。 魔物に接近した時には既に残り四発の弾に追いつかれているため、仕方なくボスの足元を潜り抜けるように再び距離をとるしかなかった。幸いボスは弾道の操作にある程度集中を求められるらしく、動きを鈍くしている。 ボスの足元を通ったことで、四発中二発がボスの脚に命中。大したダメージにはならないようだが、少なくとも弾丸の追跡は二発まで減らせた。 こうして逃げ回っているのもじれったくなって、背後に向かって氷の刃を振る。氷結した斬撃が、残る二つも打ち落としてくれた。 空中で氷の破片と結晶の破片が舞う。それを合図代わりに、進路を真反対に変え来た道を逆戻りした。 弾丸の操作から解放されたボスも、近接に切り替えこちらに走ってくる。そうして正面から剣と剣を衝突させた。 再び全身を重い衝撃が駆け巡る。し
「まだ分からないですか? 水瀬さん」 困惑する俺に、倉井さんが半笑いの声で話しかけてくる。俺はその声に、未だ唖然とした表情を浮かべることしかできなかった。「だから……はぁ、なんて言ったらいいですかね? 本当ならもう、自分の置かれてる立場がどんなものか少なからず分かるものだと思いますが……そうですか、この期に及んでまだ信じられないですか……。ああ、いや……別に責めてるわけじゃないですよ? そういう表情、結構味付けとしてはいいですからね」「あじ、つけ……? 倉井さん、あなた何言って……」 俺の絞り出すような声に、倉井さんはため息を吐く。そして肩をすくめて笑って見せてから「仕方ないですね」と語り始めた。「金儲けですよ、金儲け。自分の命を危険にさらして、長い時間と多大な労力を使って、それで大真面目にクリーナーやってくなんて……ばかばかしいですよ。もっと安全に、もっと効率的に、楽して稼ぎたいじゃないですか。そのためなら……こんなおもちゃを自前で作るのも苦じゃなかったですよ」 倉井さんの指が俺を捉え続けているカメラをこつんとつつく。俺はその言葉を聞きつつも……やっぱりまだ飲み込むことができなかった。耳に流れ込んでくる言葉たちの理解を、脳が拒む。何も信じられなくなって、ただ虚ろな眼差しをカメラのレンズに注ぐことしかできなかった。「じゃ、じゃあ……ハナさん、ハナさん……は?」 救いを求めるようにかすれた声を絞り出す。しかしハナさんはもうさっきからずっとグズグズで、答えられるような状態じゃなかった。その様子にすら慣れているのか、倉井さんは誰に頼まれるでもなくハナさんに代わってその答えを俺に伝えた。「ハナさんもずっとそうですよ。こうやって僕と撮影を始めてから、ずっと繰り返してきました。君みたいなお人よしを巻き込んで、そうやって上級のダンジョンまで誘って……その死に様をカメラに収める。まぁ万人に売れる映像じゃないですけど、買う奴は……大枚はたいて買ってくれますよ。水瀬さん……なんか妙に強いんでちょっと焦りましたが……今回はダンジョンの特性に助けられましたね。僕たちが手を貸さない限りこのボスは倒せないでしょうし……あなたが死ぬまで何度でも、ここのボスには頑張ってもらいますよ。人の体力は有限ですからね」「人が……死ぬのを、撮る……のか? なんでそんな……そ
ボスの巨体が、壁面にダイナミックに影を踊らせる。その影は俺の炎によって映し出されていた。「くそ……」 動きが読みやすいとは言ったが、決してその動きは隙が多いわけではない。戦闘経験がまだまだ浅い俺からすれば、攻めるに攻められなくてもどかしかった。だが、欲張ってはいけない。欲張ったら死ぬ。いけそう、ではなく……確実に”いける”タイミングでないと攻撃を差し込んではならない。これがゲームなら一回や二回試みているだろうが、忘れてはならない……ここはダンジョンなのだ。 ランカーのせいで痛い目を見たからだろうか、ダンジョンをゲームと重ねることに強い忌避感がある。あのランカーは目の前で無残にも死んだため、もう憎たらしいとかそういうふうにも感じないが……反面教師としては講師としての役割を意外と果たしていたのかもしれない。 振り下ろされた巨剣に回避が間に合わず、やむを得ず剣で受け止める。重量の差から、普通に考えたらまず受け止められないであろうそれを……一瞬ではあったが受けられた。 重い衝撃は手のひらから腕の骨に伝わり、そのまま背骨を走り抜け腰を軋ませる。踏みしめた両足は結晶の床を少し砕き、つま先を沈ませた。「……ぐ」 すぐにこのつばぜり合いの勝敗は決する。それは見かけ通りの……俺が押し負けるという形で均衡を崩した。 斬るというよりは押しつぶすと言った方適切なその攻撃の下からなんとか転がりだし、すぐに敵の方を見る。ボスは力を込め続けていた刃がその対象を突然失ったために、剣が地面にめり込んですぐには抜けなくなっている。そこに好機と駆け寄ると、ボスは力任せに大検を地面から引き抜いた。 地面がめくりあがり破片が宙を舞う。俺はその振動も降り注ぐ破片もものともせず、さらに駆け寄った。 ボスは振り上げた刃をそのまま俺めがけて振り下ろす。だが、こちらもそう来ることはもう分かっていた。 本能はその場から飛びのいて逃げたがっている。だが今はそれを抑え込んで、恐怖心を突き破って跳躍した。 結果、俺と刃の軌跡が交わらなくなる。紙一重ですれ違い、そして俺の体は……。もうどうあがいても防御が間に合わないボスの胴体の高さまで達していた。 今までの中での最大の好機。俺がミスらなければ……さっきまでの小突きとは比べ物にならない大打撃をあいつに与えられる。
ボスは掲げた大剣を振り下ろす。足場を粉々に打ち砕いてしまいそうなほど強烈な一撃だったが、その縦一閃は何にも命中することはなかった。「何……?」 ハナさんはその奇妙な動作を怪訝そうに見つめる。しかしその瞬間、それは起こった。 さっき一度止まったはずの振動が、再びあたりに響きだす。それもさっきより激しく。そうして……何か不可解な力がフィールドを駆け巡るのを感じた。「これは……!?」 重力、だろうか……?感覚としてはそれと近い圧迫感のようなものが肌に触れる。しかしそうした感覚があるだけで、俺の体が押しつぶされるわけでもなければはるか天井まで浮かび上がらせられるわけでもない。俺の体は依然微動だにせず、ただ何らかの不可視の力が場に流れているのを感じるだけ。 だが、その違和感もそこまで。すぐにいったいどんな力がこの場に働いていたのかを理解する。 このダンジョン特有の次元のギミック。それが正しいダンジョンの特性であれ、あのときの合体のような何らかの異常事態であれ……その現象が存在している事実には変わりない。 景色が、塗り替わっていく。回転……。そう呼ぶにふさわしい変化。そして……この空間が完全に黒に染まる前に、その回転は停止した。 ボスエリアの半分が白で、半分が黒。次元の塗り替わりが90度で止まったのだ。 フィールドの中央に立つボスは、丁度その境界に立っていて、二つの次元に映る像が鏡映しのため……まるで二刀流をしているように見えた。その体も半身が白く、半身が黒い。「ハナさん……!」 今までとは違って、俺たち自身もその二つの次元の様子を同時に認識できているため……急いでハナさんの安否を確認する。ハナさんは俺とは逆側の次元……黒い空間に居た。「クソ……!」 このダンジョンの性質を考えれば、その分断は攻略において好都合だが……それは俺たちにそもそもこのボスが倒せるということが前提となってくる話だ。急いでハナさんの方へと駆け寄ろうとするが、しかし不可視の壁に阻まれる。向こう側が見えるとはいえ、出入り自由というわけではないらしい。「ハナさん! ハナさん……!」 扉でもノックするようにその境界の壁を叩きながら、ハナさんの名前を呼ぶ。ハナさんもそれにすぐに気付いて、こちらへ駆け寄ってくれた。「みーちゃん……あたしなら大丈
ここから一人抜け出すわけにもいかなくて、結局俺も二人の後に続く。まるで俺が立ち入るのを待ちわびていたかのように、ボス部屋の扉は背後で閉まった。「扉……」 一瞬それが再び開けるか否かを確かめようかと考えたが、早く二人に追いつきたくてそれは諦めた。ハナさんは……もしかしたらまだ揺れているのか、未だ何もしゃべらない。カメラは回っているだろうに……その後姿はどこか落ち込んでいる様子ですらあった。そんなんなら……本当に、入らなければよかったのに……。しかしもう過ぎたこと、ボスは……もう俺たちの目の前に佇んでいた。「これが……ここの……」 倉井さんがその巨躯を足元から徐々に登っていくようなカメラワークで動画に収める。このダンジョンと同じように、全身が白い結晶で構成されている。人型の……騎士然とした見た目だが、今はその大剣を地に突き立て片膝を立てて彫像のように微動だにしない。まぁ、それはともかく……。「この感じなら……たぶん、このボスも……二つの時空にまたがって存在してますよね……」「そうっぽいですね」 俺の言葉に倉井さんは頷く。さっき意見のすれ違いがあったばかりなのにまるで何も起きてなかったみたいな態度で接されるのは……本来ならありがたいことなのかもしれないが、今は正直どこかムッとしてしまった。「うごかない……ね」 ハナさんも、立ち止まってボスを見上げる。ボスは……まるで何かを待ち構えているかのようにその影を落としていた。まるでそれがこのボスの”領域”の境界線を引いているような感じがして……ほとんど無意識だけど、なんとなく誰もそこまで近づこうとはしなった。 倉井さんは飽くまでさっきから態度を変えないのを貫いているが、俺とハナさんに関してはそうでもなく……いまいち気まずい時間が流れる。ボス部屋に入ってなお、まだ戦いが始まらなかったのがその気まずさに拍車をかけている感じはあった。「はぁ……」 仕方なく空気を変えようと少し声を張る。「もう。俺も分かりましたから……やるならもうやりましょう。戻るなら戻る。今ならたぶん……それも出来るはずですから……」「みーちゃん……怒ってる……?」「え……? 俺、が……?」 声を張ったばかりに、どうやらそれを怒りの発散と勘違いされてしまったみたいだ。と、思いつつも……自分で今の言葉の内容を振