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4.夏山 薫

Author: 空空 空
last update Huling Na-update: 2025-04-19 18:08:00

 その連絡は丁度明日に備えて準備しているときに来た。

表現を変えるならインベントリにものを入れたり出したりして遊んでいたともいうが、まあそれはどうでもいいだろう。

電話の主は鹿間さん、間違いなく明日のことに関する連絡だろう。

 姉さんも見守る中、急いで電話に出る。

すると興奮気味の鹿間さんの第一声が届いた。

「水瀬君! 君、運がいいよ! 君たちの一回目の研修、あの今話題の皐月 無垢が面倒見てくれることになった!!」

「え、無垢って……あの!? っていうかここの協会所属だったんですか!?」

 無垢……皐月 無垢と言えば、ちょうどあの時テレビでやっていた史上最年少のB級クリーナー。

あの時のテレビでもちょっとした写真くらいしか出ていなかったがその姿を思い出す。

 深い海のような藍色の瞳、短めの髪は不思議な青色で……小さな口をキュッと結んだ実年齢よりやや大人びて見える少女だった。

「っていうか研修を担当するクリーナーってC級の人じゃなかったんですか?」

 禁断の「っていうか」二度撃ちをして鹿間さんに尋ねる。

鹿間さんはそれに「あぁ」と曖昧ながらも反応を示してから、すぐに返答した。

「それについてはほら、あの子まだB級になったばっかだからさ、C級だったころに承諾した分がまだ未消化だったみたい」

「未消化ってそんな……」

「ダンジョンでとれる素材とかって本来は山分けなんだけど、研修でとれた素材は全部担当したクリーナーが受け取れるからね。結構おいしいんだよ。そんなもんだから研修の仕事たくさんもらっておいたんだろうね。彼女、装備の強化に余念がないから」

「未発生の仕事受け取れるもんなんですね……」

「ハハ……まぁ研修希望者はほとんど毎日来ると言っても過言じゃないからね。あとから依頼するのじゃ追いつかないんだ。だから月初めにその月の分の依頼を先に出しておく。で好きな日付の仕事を貰ってもらって、その日になったらよろしくお願いしますって仕組みさ」

「はぁ……」

 もうそれくらいの話になるとあんまり俺には関係なさそうなので気のない返事で相槌を打つ。

鹿間さんも別にそこまで聞かれていたわけじゃなかったことを悟ったようで元の話題に戻した。

「まあともかく、だ。無垢ちゃんに見てもらえるのは本当に運がいい。ただ……彼女、悪い子じゃないんだけどちょっと変わった子だから……まぁ何か言われるかもしれないが気にしないでくれ」

「それは、まあ……はい」

 電話越しに鹿間さんの乾いた笑い声が聞こえる。

こんな感じのリアクションをしていた時が今日実際に会っていた時にもあった気がしたが、そのときは何の話をしていただろう。

いまいち思い出せない。

「実力は本物だから。悪い子じゃない、悪い子ではないんだ……!」

「は、はぁ……」

 そんなに念押しされると逆に不安になってくるのだが……。

 その後、集合時間と集合場所、あとは簡単な注意事項を教えてもらって通話は終わった。

マップ情報とかもこの後すぐ送ってくれるそうだ。

 何はともあれ、いよいよ明日だ。

期待と不安、そのどちらもが自分で制御できないくらいには膨れ上がっている。

ただ、これだけは言える。

これだけは確かだ。

「明日、楽しみだな」

 どこからか「ファイト!」と姉さんの小さな声援が聞こえた。

◇◇◇

 クリーナー研修、一日目。

俺はもうすでに集合場所に到着していた。

他のメンバーも、まだ揃いきってはいないが何人も待機している。

 今の時期くらいに研修に申し込むのはやっぱりどこかであぶれたような人たちなのか、ガラが悪そうな若者やくたびれた表情の中年の人が多い。

たいていの人は俺より若いかずっと年上かで、同じくらいの歳の人は居なそうだった。

皐月 無垢の姿もまだ見えない。

 まあそれらはひとまずいいとして、やっぱり何よりも目を引くのは……。

「ゲート……」

 こんなに近くで見るのは初めてなんじゃないだろうか。

本当に何でもない場所に忽然とそれは輝いている。

今回攻略するのはE級ゲート。

というか研修ではずっと最下級ゲートであるE級ゲートに潜るのだが、それでもやっぱりこの不思議な現象を間近で捉えると少なからず恐怖心が湧くのだった。

 いまいち落ち着かない心境で人数がそろうのを待っていると、突然背後から声を掛けられる。

「あの、すみません……」

 女の人の声だ。

ほとんど反射的に振り向くと、穏やかな雰囲気の栗色の長髪の女性が目に映った。

その首には俺と同じようにブランクカードが下げられている。

 女の人も俺のカードを見て、どこか安心したように息を吐いた。

「よかった……やっぱりここですよね。さっきちょっと早く着きすぎちゃったみたいで、誰も来てなかったから場所間違えたかな~なんて思ってちょっとそこら辺周って来たんですよね……えっと、水瀬、さん? これからよろしくお願いしますね」

「あ、いえ……こちらこそ」

 今のところ揃っているのは男の人ばかりだったし、まさか女の人が来るとは思わなかった。

おまけに、背格好からしておそらく同世代……そこまでいかなくても、ある程度年が近そうだ。

「えっと、あなたは……」

「かおる、夏山 薫です」

 女の人……改め夏山さんは、俺がカードの名前を読み取る前に自己紹介する。

そうして少し笑みを浮かべると、明るい声色で話し始めた。

「でもほんと、よかったです。見た感じ、その……ちょっと話しかけづらそうな人たちばかりで……。水瀬さんみたいな話しやすそうな人がいて安心しました」

「あ、はは……俺も……。あんまり歳近そうな人いなかったし、夏山さんに声かけてもらえてよかったです」

 夏山さんのおかげで少し居心地がよくなる。

さっきまで完全にアウェーだったので、本当に話せる人ができたのは心強い。

若者は若者同士、おっさ……中年男性は中年同士でコミュニケーションは取れてたみたいだし、脚色抜きでさっきまで話せる人がいないのは俺だけだったのだ。

「あ、そういえば水瀬さん聞きました?」

「ん? 何を、ですか?」

「ほら鹿間さん言ってたじゃないですか! 今日無垢ちゃんが来てくれるって! 私、会うの楽しみだなぁ~……」

「あ、ああ……言ってましたね……」

 夏山さんは皐月 無垢がどんな人物だか聞かされたのだろうか?

結局具体的には分からなかったけど、鹿間さんのあの様子だと俺は期待というより不安の方が大きいのだが……。

夏山さんの期待感に曇りはないようで、奇麗な目をさらにキラキラ輝かせている。

 そして、噂をすれば影……集合時間ぴったりの時間でその人物はやっと姿を現した。

「うわっ!? 本物!! ほんとにほんとに無垢ちゃん、あの無垢ちゃんですよ!!!!」

 夏山さんが興奮した様子で俺の肩をぺちぺち叩く。

一部の層は知名度のあるクリーナーをまるでアイドルを追うように推しているという話を聞いたことがあるが、もしかしたら夏山さんはそういうタイプなのかもしれない。

「あっっっっっ……死……っ!! 眩しっ……! 顔がいい! 良すぎる!! まだD級の時から推してたんだぁ~」

「あ、はは……」

 完全にそういうタイプの人だった。

ていうかD級のときはまだ知名度無いだろうし、いったいどうやって知ったのだろう?

俺が知らないだけで前から有名だったのか……?

 ともあれ、ついにご対面だ。

やっぱりプロとなると身にまとう空気も変わるのか、俺よりずっと背も低いのにある種の威圧感のようなものを覚える。

自然と誰もの視線が彼女に向かった。

 B級ダンジョンクリーナー、皐月 無垢。

そのまなざしは冷たく、鋭く……とても14歳のものとは思えなかった。

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